■ワオンレコードの録音ポリシー
「音を録るのではない。アーティストによって音が奏でられるその空間を、丸ごと録る。それが音楽を録るということだ。」
というのががワオンレコードの録音ポリシー。音楽録音には生の演奏を聴くよりももっとクリアに細かいところまで聞き取りたいという欲求があります。そのためにマイクを楽器の近くに立てたり、セクションごとに立てたり、場合によっては一つの楽器に何本も立てたりして、そうして録った音を仮想的な空間の中に配置するようにミキシングする〈マルチマイク録音〉が今は主流の手法と言えるかもしれません。この手法は確かに楽器個々の音はとてもクリアで、互いの楽器の音像が被り合わないように配置もでき、人工的な残響を加えて空気感を演出すれば生では聴くことのできない美しいアンサンブルを作り出すこともでき、また様々な再生環境に合わせ込んだ音質調整も可能です。これはこれで立派な録音芸術になり得ます。
しかし一方で、楽器の発音部分に近いところの音が本当に楽器の音なのかという疑問があります。パイプオルガンやグランドピアノのような大きな楽器の音であろうと撥弦楽器の小さな音であろうと、楽器から発せられた音が空間の中で反射・拡散して様々な響きを伴い、またその過程で特定の倍音が強め合ったり弱めあったりして独自の音色を持って耳に届くのが本来の楽器の音ではないかという考えです。また演奏者に注目すれば、演奏者はその演奏空間の広さや響きの深さに応じてテンポや間(ま)を調整して演奏しているはずで、切り取ってミキシングした人工的空間がはたして演奏者の意図した空間と一致しているかどうかという疑問もあります。
ワオンレコードでは、演奏者が演奏の場で意図した音楽をできるだけそのままリスナーにお届けしたく、コンサートホールの最上のポジションで聞いているかのような空間の響きが、リスナーの再生システムで自然に再現されるように録る、ということに注力しています。そのために用いているのが、人間の耳の数と同じ2本のマイクだけで録るという手法、ペアマイク録音です。人間が2つの耳だけで音の聞こえてくる方向が左右だけでなく上下前後が判定できるように、2本のマイクでも充分な音場表現ができます。いやむしろ、2本でなければ再現できない自然な音場表現があるのです。その自然な音場の中で、楽器が本来の音色で奏でられ、音楽が甦ってくるのです。よく調整され、正しくセッティングされた再生系(一対のスピーカーとリスナーがそれぞれ正三角形の頂点にあるようなセッティングを想定)で聴いていただくと、収録した場そのものが眼前に広がります。それは演奏家が意図した場の相似形であり、本来の音楽の場と言えるものです。
もちろんマイク2本だけではどうしても捉えることが難しい響きの空間もあります。その時はさらにマイクを追加しますが、その時でも、できるだけ音場が不自然にならないように様々な技術的配慮をもってセッティングします。
ワオンレコードの録音は平均音量が小さいとか、残響が多いとか言われることがあります。それは生の演奏そのままの自然な音場を追求する中で、録った音に何も加えない、何も取り去らないようにするために、電気的に音圧や音質を調整することを一切せず、録る時その場で全ての響きが最善に収まるようマイクセッティングだけで調整している結果です。小さな音は小さく、大きな音は大きいままに録ってあるので、平均音量は小さくても最大音量は目一杯入っています。そのため再生環境によっては不適切な再生音になってしまう場合も確かにあります。だからと言ってあれもこれもに合わせこむことをせず、ただ真実に近い録音を求めたいという想いなのです。
ペアマイクではもちろん、それに追加のマイクを加える時であっても、録る対象が楽器でなく空間である以上、必然的にマイクと楽器の間の距離はマルチマイク録音に比べて何倍も長くなります。この手法でクリアに録るにはより敏感なマイクや録音機材が必要です。そこで、振動板を手張りするなどほぼ手作業で作られたMBHOのマイクや、PureT Recordsと共に開発した素晴らしく集音能力の高い改良型金田式DCマイクや電流伝送マイクシステムを導入したり、現場のノウハウを基に電源周りを自作したり、自然な音場でありながらもよりクリアな音源をお届けできるよう、機材面でも独自の努力をしています。
このようなポリシーをもって録られた数々のアルバムによって、ワオンレコードは高音質レーベルとしての高い評価を得ています。
ただ、良いアルバムは良い録音だけで成り立つものではありません。優れた録音芸術としてのアルバムを得るには、それを作り上げるための別のこだわりも必要です。それについてはまた別のページで。